ようこそ先輩
昭和55年度(第33期)卒業生 長谷川博史氏
附属中学校で過ごした3年間は,ずいぶん昔の一瞬の出来事のようにも思われます。30年ほど時間が経ちましたので,無理もないことかもしれません。それでも,当時のことを少し思い返してみると,夜の鏡ヶ成で生徒一人ひとりがかざしたトーチの幻想的な光景,校内マラソンの途中で見た朝酌の夕日,硫黄臭のなかを同級生と歩いた雲仙や霧島の風景,騎馬戦や棒倒しがはじまる前の武者震い,照明を落とした体育館で文化祭のテーマ曲を歌う全校生徒の声,田畑や荒野の向こうに嵩山を望みながら校内清掃作業をした時の雑草の臭い,卓球部のユニフォームのやや硬い着心地,校舎のベランダから見える城山のシルエットなど,実にさまざまなことが脳裏によみがえってきます。そればかりか,自分自身に対する苦い思いや,迷い悩んだ葛藤のようなものも含めて,多分に幼稚で多感な心象風景も,かすかにその残影をたどることができます。しかし,そうした他愛のないような断片的な記憶の糸を結びつけていくと,そこに友があり,恩師があり,恵まれた環境を与えてくださった多くの人たちの顔が浮かんできます。
私たちの学年は,国語の間庭朗先生,数学の岡賑悟先生,英語の船木亮先生,理科の秦明徳先生に担任を受けもっていただき,また,社会科の間田浩彬先生・山﨑裕二先生などをはじめ,多くの先生方のお世話になりました。なかでも山﨑先生からは,身近な地域の歴史について調べたり考えたりすることを教わりました。私は,高校卒業以降故郷を離れて,長らく県外に暮らしてきましたが,とくに2~3年の担任であった岡先生からは,折に触れて激励をたまわり勇気づけられました。また,山﨑先生は,『大社町史』の編さん事業などを通して,卒業後も長年にわたって暖かく御指導くださいました。
人生には,時として全く予測できないことが起こります。私は,平成21年度から島根大学教育学部共生社会教育講座に勤めています。したがって,附中にも時々行って教育実習の授業などを参観します。ほんの2年前までは,このような立場に置かれることなど全く思いも寄らぬことでした。さらに,私と同時に山﨑先生が同じ講座に着任されたことも,不思議な縁のように感じられます。学生をまじえて初めてお会いした時,「何でここにおーかや」と怪訝そうな顔をされて大変驚かれたことが印象に残っています。考えてみれば,中学生の頃に関心を深めたことがきっかけとなって,大学を選び,また幸いにもそれに関わる職業に携わることができ,しかもその折々に,附中で出会った人の力に支えられて生きてきたことがわかります。山﨑先生にいたっては,今だに,そしてさらに実践的な内容に及ぶ御指導をいただいている最中ですから,なお当分「卒業」はできそうにありません。
生徒の皆さんにとって,中学校の3年間は,あとから振り返ると,人生のなかではほんの一瞬のことであるかもしれません。しかし,私自身を振り返ってみると,中学校時代に出会った人や出来事が,その後の大きな指針や支えとなってきたことを,再認識させられます。それは,何物にも代えられない「財産」なのだと思います。日々の生活や学習のなかで,お世話になったり同じ時間をともに過ごしているさまざまな人たちや,読んだり見聴きしたり感じたりしたことの一つひとつを大切にして,たくさんの「財産」を発見し,身につけていってほしいと思います。後輩の皆さんの健闘を,――私の場合には少し身近なところから――応援しています。









